名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)1474号 判決 1992年12月21日
原告
大井建興株式会社
右代表者代表取締役
大井友次
右訴訟代理人弁護士
富岡健一
同
四橋善美
同
高澤新七
同
今村憲治
同
木村静之
右訴訟復代理人弁護士
瀬古賢二
同
植村元雄
同
尾西孝志
同
山浦和之
被告
株式会社総合駐車場コンサルタント
右代表者代表取締役
堀田正俊
右訴訟代理人弁護士
安藤恒春
右訴訟復代理人弁護士
内藤義三
主文
一 原告が、被告の有する特許権(登録番号・第一一四八六六三号、発明の名称・傾床型自走式立体駐車場におけるフロア構造)につき、特許法三五条一項に基づく通常実施権を有することを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告の特許権
被告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。
発明の名称 傾床型自走式立体駐車場におけるフロア構造
出願日 昭和五二年七月二〇日
出願公告日 昭和五七年七月二八日
登録日 昭和五八年五月二六日
登録番号 第一一四八六六三号
特許請求の範囲
「三六〇度の旋回走行によって一フロア分の高さを昇降するように上下方向に対し螺旋状に連続する車路に沿って駐車スペースを設けてなる傾床型駐車場を構成する基準階のフロアにおいて、ほぼ等勾配に形成された内外の路縁をもつ一対の相対向する傾斜平面状の直進部と、不等勾配に形成された内外の路縁をもつ一対の相対向する傾斜曲面状の直進部と、前記各直進部の勾配を整合する傾斜曲面をもつ四つのコーナー部とにより矩形状に螺回するように形成された車路にはこの車路の外側周辺に対し直交状に外接して並列された駐車スペース群よりなるアウトサイドパーキングエリヤと、前記直進部の内方に並列された駐車スペース群よりなるインサイドパーキングエリヤとを臨設するとともに、前記アウトサイドパーキングエリヤには車両が車長方向に傾斜されずに駐車されるように緩勾配を車幅方向に対応する方向に対し一方的に付与したことを特徴とする傾床型自走式立体駐車場におけるフロア構造。」
2 堀田正俊の職務発明
(一) 本件発明の完成時期
本件発明は、堀田正俊が原告に在職中の昭和五一年七月一日から昭和五二年七月二〇日までの間に、原告代表者が主宰する駐車場の研究開発のためのプロジェクトチームにおいて、堀田ほか原告の設計スタッフ全員が共同で本件発明を完成させたものである。
(二) 使用者の業務範囲
原告は、建設業、駐車場の経営等を目的とする会社であり、自走式立体駐車場等の設計、施工の営業をしており、本件発明は原告の業務範囲に属するものである。
(三) 従業者の職務
堀田は、昭和四九年四月一日から昭和五三年六月二〇日まで原告に在籍し、開発部、企画部、営業第一部及び本店営業部の各部長を歴任し(なお、本店営業部長は同五二年二月以降原告退職時までである。)、その間、事実上、常に立体駐車場工事部門の企画設計、技術開発等の業務の最高責任者の地位にあったものである。すなわち、前記(一)記載のとおり、駐車場の研究開発のためのプロジェクトチームにおいて堀田がその担当部長として意見の発表取りまとめ等に当たっていたものである。
なお、堀田は、昭和五一年四月一日に設立された被告の代表取締役に就任しているが、被告は昭和五三年六月の増資まで原告の一〇〇パーセント出資会社でいわゆる原告の「ダミー会社」であって実体を伴わない会社であり、他方、堀田は、同月二〇日までは引き続き原告の従業員として勤務し、原告から給与の支給を受け、その指揮監督のもとに立体駐車場の技術開発等の職務を遂行していたものであるから、堀田が同年月ころまで原告の従業者であったことは明らかである。
(四) 原告の通常実施権
したがって、原告は、本件発明について特許法三五条一項に基づき通常実施権を有する。
3 特許を受ける権利の承継
被告は堀田から右職務発明について特許を受ける権利を承継し、前記1記載のとおり本件発明について特許を受けた。
4 確認の利益
被告は、原告が本件発明につき通常実施権者たる地位を有することを争っている。
5 よって、原告は、被告に対し、特許法三五条一項に基づき職務発明による通常実施権を有することの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実を認める。
2(一) 同2(一)のうち、堀田が昭和四九年四月一日から昭和五三年六月二〇日まで原告に在籍したことを認め、その余の事実を否認する。
堀田は、原告に再入社する前の昭和四七年暮頃、日本パーキング建設株式会社(以下「日本パーキング」という。)在職中に本件発明をした。すなわち、堀田は、昭和四六年四月に日本パーキングの設立に参画して常務取締役に就任し、昭和四七年九月訪米した際に傾床型自走式立体駐車場に関心を持って、帰国後の同年一一月頃よりその研究に没頭し、同年暮頃に本件発明を完成させた。
(二) 同2(二)の事実を認める。
(三) 同2(三)のうち、堀田が開発部、企画部、営業第一部又は本店営業部の各部長の肩書を有していたこと及び被告が、同年四月一日、原告の子会社として設立されたことを認め、その余の事実を否認する。
仮に堀田が原告在職中に本件発明を完成させたものであるとしても、本件発明は原告における堀田の職務範囲外のものである。すなわち、堀田が原告に再入社した昭和四九年四月以降昭和五一年一月一四日までは自転車置場の開発部長又は企画部長、泡風呂の健康機器の販売部長を務めていて立体駐車場の発明に関する職務とは全く関係がなく、同月一五日以降昭和五二年八月末日までは営業第一部長を務めていたが、その職務内容は、立体駐車場の販売・利益計画の企画立案実施であり、立体駐車場の設計・施工及び開発研究は工事部門として別に存在しており、営業第一部長の職務に属するものではなかった。
また、堀田は、昭和五一年四月一日の被告設立とともに同会社の代表取締役に就任し、原告の受注した工事の設計管理の業務に専念していたものであり、昭和五二年九月から立体駐車場の設計・施工及び開発研究もその職務である原告の本店営業部長に就いてはいるが、実質的な仕事をしておらず、名目上原告に在籍していたにすぎない。
なお、原告主張のようにダミー会社の意味を直ちに法人格否認の法理と結びつけることは正当でない上、被告は本件発明に関する駐車場を堀田のリーダーシップのもとに始める趣旨で原告と独立して設立されたものであって、原告の一部門として行うよりもうまくいくか、仮に失敗しても原告は出資以外には損失を被らなくて済むという判断が前提となっているのであるから、被告は原告のダミー会社ではないというべきである。
(四) 同2(四)の主張を争う。
3 同3及び4の事実を認める。
三 被告の抗弁(通常実施権の放棄)
1 原告は、昭和五三年七月一日被告との間で、本件発明に関し大略次のような営業基本契約を締結した。
(一) 原告の受注した立体駐車場建設の基本設計・実施設計及び設計管理はすべて被告が請け負うこと。
(二) 本件発明の実施料として原告は被告に対し毎月金三〇万円及び実施設計の都度別に定める料金表による特別料金を支払うこと。
(三) 原告は本件発明の実施を被告に無断でしてはならず、かつ、本件特許発明に関する機密を遵守すること。
2 右契約は、被告が原告に対し、本件発明の通常実施権者たるべき地位を設定する契約であるが、反面、仮に原告が職務発明による通常実施権者たるべき地位を有していたとしても、堀田の原告在籍中における多大の貢献に報いるため原告の好意に基づき右契約締結日において右地位を放棄したものである。
3 右契約は、一年間を経て終了し、以後毎年同一内容で一年ごとに更新されたが、昭和五七年六月末をもって終了した。
4 よって、原告は、本件発明に関し、通常実施権を有しない。
四 抗弁に対する原告の認否
1 抗弁1のうち、原告が被告との間で昭和五三年七月一日、営業基本契約なるものを締結したことは認めるが、原告が被告に対し本件発明の「実施料」の支払を約したことなどその契約内容については否認する。
2 同2及び3は否認ないし争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1(被告の特許権)の事実は、当事者間に争いがない。
二請求原因2(一)(本件発明の完成時期)について検討する。
1 発明が完成されたというためには、その創作された技術内容が、その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならず、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明として未完成であるというべきである(最高裁昭和三九年行ツ第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。
2 これを本件についてみるに、証拠(<書証番号略>、証人林實、同市村竹嗣、同早崎富雄、同丹羽英滋、同小島秀夫、同杉原啓一、同石川理、被告代表者兼取下前被告本人堀田正俊(取下後の被告代表者としての尋問を含む。以下、合わせて被告代表者という。))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和二八年四月、社名を大井木材株式会社、主要な営業目的を木造ハウスの製作、販売、施工として設立され、昭和三八年三月、社名を大井建興株式会社、主要な営業目的を大井ハウス製作(鋼製)、販売等に変更し、昭和四四年ころから立体駐車場のプレハブ工法の研究にとりかかり、昭和四五年七月ころから自動車立体駐車場の発売をし、昭和四六、七年ころからは自転車置場の研究にもとりかかり、昭和五〇年八月には主要な営業目的を建設業、建設設計業務等に変更して現在に至っている。
(二) 堀田は、昭和四三年四月、本社営業部次長として原告に入社し、昭和四四年に原告代表者及び真柄正彦とともにアメリカへプレハブ式立体駐車場を見学に行き、そのころから立体駐車場のプレハブ工法のユニットの研究に関与するようになった。
(三) 堀田は、昭和四六年二月に二級建築士の資格を取得し、同年三月原告を一旦退社して、林建設工業株式会社(以下「林建設」という。)の代表取締役をしていた林實らが駐車場の建設・販売を目的として同月に設立した日本パーキング建設株式会社(以下「日本パーキング」という。)の営業担当常務取締役(なお、真柄が技術担当常務取締役)として入社し、昭和四六年六月ころアメリカに渡って立体駐車場を見学した。
(四) 林建設及び日本パーキングは、同年八月ころ、ポータブル・パーキング・ストラクチャーズ・インターナショナル(略称PPSI)と立体駐車場のプレハブ工法に関する技術(可搬式駐車装置に関する技術)援助契約を締結してこれを実施することになったが、右工法による駐車場には雨漏りがするとの欠点があった。
(五) 堀田は、昭和四七年九月ころ、アメリカ各地の傾床型自走式立体駐車場を見学するなどして駐車場の技術改良の研究をした結果、雨漏りの欠点をなくすためには、プレハブ工法ではなく、現場打ち工法の方が優れているとの結論に達し、更に、駐車場用地が狭いとの日本の実情に対応するための研究を続け、同年暮ころ、各傾斜平面状の直進部を傾斜曲面で接続し、その接続スペースにも駐車区域を設けることにした本件発明と同様の技術思想に基づく連続傾床型自走式立体駐車場の図面を作成し、これをもとにボール紙と割り箸のようなもので縮尺一〇〇分の一程度の模型を早崎富雄に作成させ(なお、右の図面及び模型の詳細を認めるに足りる証拠はない。)、日本パーキング内の検討会や同社の親会社である林建設の支店長会議において、林實らに模型を示して右駐車場についての説明をしたが、上昇車路を傾斜曲面で繋ぐ点について、林から「あなたは、現場のことを知らないから頭の中ではできるかもしれないが、そういうものはできない。」と言われた。結局、検討の結果、技術的に確信が持てない上にコストの面からも問題があるとして、日本パーキングではその実施を見送ることに決定した。堀田も技術の専門家から右のように言われたので、右の決定に納得していた。
(六) 堀田は、石油ショックの影響などで日本パーキングの営業が停滞したことなどから、昭和四九年三月に同社を退社し、同年四月一日、原告に再入社して本社開発部長となり(堀田の入社時期は当事者間に争いがない。)、同年六月二一日、開発部の名称変更により企画部長となり、当初は主として自転車置場の企画開発に、昭和五〇年初めころからは主として泡風呂(バブルバス)の販売に従事し、昭和五一年一月一五日、本社営業第一部長として自動車の駐車場に関する業務を担当するようになった。
(七) 原告の本社業務分掌規定によれば、企画部長は、社長のスタッフとして会社の企画基本方針の策定に参画し、その方針に基づき、商品及び技術の企画、開発並びにそれに要する調査研究及び情報の収集を行うことをその基本的任務とし、特許、実用新案その他工業所有権の法的調査、開発、取得並びに保全に関する事項を分掌事項の一つとし、営業部長は、社長を補佐し、会社の基本方針に基づき、営業部運営の基本方針を作成し、常に社長との連絡を密にして販売・利益計画を企画立案実施するものとされていた。
(八) その間、堀田は、
(1) 昭和五〇年二月四日から同月一四日までの間、男子社員に対し、フリーパーク(自動車駐車場)及びバイパーク(自転車駐車場)に関する講習をしたが、本件発明に関わる事項は含まれていない。
(2) 昭和五一年三月七日、「立体駐車場LAYOUTの規準」を作成したが、本件発明に関わる事項は含まれていない。
(九) 原告は、設計と施工が分離していなければならないとの行政指導に従い、全額出資して、昭和五一年四月一日、駐車場の設計管理、計画調査及び経営指導を目的とする被告を設立し(被告の設立時期は当事者間に争いがない。)、堀田を原告の営業第一部長を兼ねたまま被告の代表取締役としたが、被告の存在はいわば形だけのものであった。なお、堀田は、昭和五二年二月ころに一級建築士の資格を取得し、そのころから、原告の工事課が堀田のもとに編入されて、工事関係も統轄するようになった。
(一〇) 立体駐車場に関する発明である第一発明(特願昭五一―四二二一三号)は昭和五一年四月一三日、同じく第二発明(特願昭五一―七九一三八号)は同年七月一日、それぞれ堀田を発明者として原告によって特許出願がされ、本件発明は、前記のとおり、昭和五二年七月二〇日、発明者を堀田として被告によって特許出願がされた。
(1) 第一発明の出願当初の特許請求の範囲は、次のとおりである。
「(1) 駐車可能な緩やかな勾配の傾斜路によって複数層の各階に連続する車両走行用の通路を構成し、この通路の片側あるいは両側に通路と同一面で連なる複数の駐車区画を設けたことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場。
(2) 駐車可能な緩やかな勾配の傾斜路によって複数層の各階に連続する車両走行用の通路を上り走行車線専用の通路と下り走行用車線専用の通路とに分けて配設するとともに、上り走行車線専用通路と下り走行車線専用通路との一部を各階においてそれぞれ重合させ、これらの通路の片側あるいは両側に通路と同一面で連なる複数の駐車区画を設けたことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場。」
(2) 第二発明の出願当初の特許請求の範囲は、次のとおりである。
「近接して双立するフロア群の一方側と他方側との各フロアは車両が駐車しうる勾配を持ち、交互に上端縁部と下端縁部が同じ高さ関係となる千鳥状に配置していて、各フロアは車両が通る車両通行区と該車両通行区に沿って特定された駐車区からなり、一方側のフロア群のフロアと他方側のフロア群のフロアとは相互の高さ関係が同じとなる端縁部において車両の通行専用の変形急勾配の傾斜連絡路で連結され、両フロア群の各フロアの車両通行区はほぼ螺旋状にひとつづきに連絡されている構造を含むことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場。」
(3) 第一発明は、堀田がアメリカから持ち帰った文献に記載してあったものをほぼそのまま出願したものであり、また、第二発明は、第一発明に多少の工夫、改良を加えて出願したものである。堀田が右のような出願をしたのは、出願が認められれば儲けものであるから出願するようにとの原告代表者の強い意向に従ったためである。
(一一)(1) 第一発明及び第二発明を実施したものである青山パーキングビルの新築工事及び新岐阜駅前駐車場の新築設計が完了したのはいずれも昭和五一年一一月である。
(2) 本件発明を実施した最初のものは、丸大百貨店駐車場である。右駐車場の建築工事に関する設計業務は、工事請負人である佐藤工業株式会社から被告が八〇〇万円で請け負い、これを原告に七〇〇万円で下請に出した。そして、堀田が責任者となり、原告の社員であった小島秀夫、石川理及び余語実宏が関与して、昭和五一年二月ころから種々の案を検討し、昭和五二年四月ころに第二発明による設計図が作成されたが、最終的には、堀田の発案に係る本件発明と同一の技術思想に基づくものが最も駐車効率がよいとの結論に達し、同年五月ころに本件発明と同一の技術思想に基づく図面が作成され、同年六月に実施設計図が作成されるに至った。
なお、堀田は、右設計図の完成後も、これが公知となることを慮って、本件発明の出願がすむまでは、施主に対しても右設計図を見せなかった。
(3) 同年七月二〇日、本件発明につき出願人を被告として出願されたが、出願人を被告としたのは、被告の代表者である堀田の強い希望があり、原告がこれを承諾したためであった。
(一二) 堀田は、原告に在職中、原告から専用のドラフター(製図器)を与えられておらず、自費でこれを購入し、自宅で研究をしていたものであって、原告には、駐車場開発に関するプロジェクトチームというようなものはなかった。
(一三) 堀田は、昭和五三年三月二一日に原告を定年退職した後も引き続き嘱託として勤務し、同年六月二〇日に原告を退社した(堀田の退社時期は当事者間に争いがない。)が、以後も被告の代表取締役として現在に至っているところ、その間、同月二七日には原告の同意のもとに被告につき増資をして、被告の持ち株の割合を原告が二分の一、堀田が二分の一となるようにした。
(一四) 原告と被告とは、昭和五三年七月一日、営業協力基本契約を締結し(この事実は当事者間に争いがない。)、原告は、被告に事務所として原告所有の大井ビルの五階の一部分を賃貸すること、原告の所有する特許はすべて原告の実施設計に使用し、被告は他者に対しては機密を守ること、被告名義の特許は原告発注による被告の実施設計に対して使用を全面的に認めるものとし、被告の特許についても原被告とも機密を守ること、原告より被告に発注する実施設計料の価格基準を表のとおりとすることなどを合意し、昭和五四年七月一日及び昭和五五年八月二五日にも同趣旨の契約を締結したが、昭和五七年にはこれを締結するに至らなかった。なお、被告は昭和五六年夏ころ大井ビルを出るに至った。
以上の事実が認められる。原告代表者は、堀田が原告に再入社した直後から駐車場開発の責任者となり、そのためのプロジェクトチームに参加して取りまとめを行っていた旨供述するが、右供述はこれを裏付ける証拠に欠けるばかりか、証人丹羽英滋及び同小島秀夫の各供述にも反するものであって、採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右の事実によれば、堀田は、昭和四七年一一月ころ、日本パーキングにおいて立体駐車場の研究に従事し、本件発明の技術的思想の基本的部分に想到し、これに基づいて図面及び模型を作成したが、実用化について検討した結果、技術者から技術的に確信を持てない上にコストの面にも問題があると指摘されて、一旦その実用化を諦めたが、その後も立体駐車場の研究を全く放棄してしまったわけではなく、少なくとも自宅においてはこれを継続しており、丸大百貨店駐車場の設計に際しても、最初から本件発明と同一の技術的思想に基づく設計図を作成したのではなく、種々の案を検討した末に右設計図を作成したものであるということができるのであるから、本件発明が完成したのは、丸大百貨店駐車場の設計図の完成した昭和五二年六月であると認めるのが相当である。
被告代表者は昭和四七年暮ころには本件発明を完成していた旨供述し、証人林實、同市村竹嗣及び同早崎富雄は右供述に沿う供述をしているが、右各供述を裏付ける客観的な証拠に欠けるところ、仮に被告主張の時期に本件発明が完成したものであれば、技術者からその実現可能性について疑問が出されたとはいえ、研究の到達点を示す重要な図面ないし模型が残されていないのは、いかにも不自然であることなどの事情を併せ考えると、右各供述を採用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三請求原因2(二)(使用者の業務範囲)の事実は当事者間に争いがなく、右の事実によれば、本件発明が使用者の業務範囲に属することは明らかである。
四請求原因2(三)(従業者の職務)について検討する。
1 従業者のした発明が職務発明に当たるためには、当該発明をするに至った行為が、当該従業者の現在又は過去の職務に属することが必要であるところ、原告主張の事実のうち、前記二に認定した事実以外の事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
2 そこで、前記二に認定した事実に基づいて検討するに、右の事実によれば、本件発明は、堀田の日本パーキング在職中にその骨格がある程度出来上がってはいたものの、原告の業務である丸大百貨店駐車場の設計業務の遂行過程で、その責任者である堀田の発案に基づいて完成されたものであるから、堀田が本件発明をするに至った行為は、使用者(原告)における従業者(堀田)の現在の職務に属するものに当たると解するのが相当である。
したがって、本件発明は職務発明に当たるというべきである。
五請求原因3(特許を受ける権利の承継)及び同4(確認の利益)の事実は、当事者間に争いがない。
六被告の抗弁(通常実施権の放棄)について検討する。
被告は、原告が昭和五三年七月一日被告との間に営業基本契約を締結したことによって、通常実施権を放棄した旨主張するが、前認定の契約内容からは未だ右事実を認めるに足らず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
七結論
以上に説示したところによれば、原告の本訴請求は理由がある。
(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官後藤博 裁判官入江猛)